ロケットと手紙
だれかに手紙を書くようなことって今では片道切符だけ手にしてどこか、遠いところへ行くようなことと殆ど同じなんだろうな。戻ってこない、戻って来るかは誰にもわからないし、そんなのわかっていたらわざわざ手紙など出さないだろう。文字通り視界がひらけるようなところで自分の気持ちをはっきりさせたい。思い出した分だけ、その思い出したという事実に輪郭が帯びてくる。弧を描いてじわじわと伸びてきた爪みたいに行き場のない感情にハサミを入れることがいつの間にか当たり前になっていた。あの演劇の中、主人公はもしかしたら制服を脱ぐように、過去に囚われた自分ごとトンネルの向こうに置いてきたのかもしれない。未完成なものが私の中では完成形なのだと思う。
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