2021.10.24 08:32秋と不調私は秋に精神に不調をきたすタイプだ。秋には美味しい食べものも紅葉も、とびっきり綺麗な西陽もあるのに、季節がある事を忘れてつい無理をしてしまう。完璧な理想の自分になりたいと考える。だけど実際、誕生日は親しい二、三人以外に祝ってくれる人は居ない。いつも憂鬱だし、うまく振る舞えない。夏は致死量の暑さが自らの身に降りかかり、生きようという気が起きるが、秋はほんのちょ...
2021.09.25 09:24ストライプ蜜柑を剥いたときの白い筋みたいに浮かび上がって残った気持ちが、いまでも舌の上をざらつかせている。満月の日には地下鉄の中イヤホンから流れるメッセージに涙を流した。いつもらったかも最早わからなくなっている手紙を読んで、自分はいまここにいる自分だけではなくて、ひとの記憶の中の自分で成り立っているものなのだという一つの事実に気が付く。この気持ちには名前はつかないけれ...
2021.09.22 13:32壊れかけのiPod nano受験勉強さえ乗り越えれば安定した老後が手に入ると思っていた。受験勉強さえ乗り越えれば可愛いおばあちゃんになれると思っていた。溺れそうなくらいの息継ぎをして、胃がきりきりするくらい合格率とにらめっこをした日々が、吐きそうになりながら単語帳片手に電車に揺られた制服の日々が、大学を中退し、精神障害者になったいまはなかったことになっている。こんな生き方しかできない。...
2021.08.19 11:09猫にあの世はあるのか泣きたいとき、「救い」があるのかと思ったら、そう思った過去ができてそれっぽくなる。救いはある。飼い猫(イマジナリーキャット)にも死が訪れるときが来るだろう。イマジナリーキャットの亡骸は空気だけれど、温度はそこに残っているかもしれない。「猫にあの世はあるのだろうか」と。時代を遡ってみると、紙や文字が生まれたのもきっと人々が救いをもとめたから。神がいるなら、涅槃...
2021.06.29 11:31麩になりたい麩になりたい好きな人の味噌汁に入り込んでしあわせ太りしてしまって、歯も立たないぐらいやわらかくなったところを舌の上 あっちこっちへころがされたい繊維だけになったわたしは飽きずにまたふやけることでしょうわたしは麩になりたい夕焼けみたいなだらしなさをアンニュイで片付ける畢竟インスタントラーメンを鍋から食べるそんな日があってもいい麩になりたい熱々のところをあなたに...
2021.05.31 07:352016年の桜大学二年の春、桜の花が咲くプロムナードを歩いていた。にわか雨が降っている。差している透明なビニール傘の向こう側から濡れた花びらがひらひら降ってきて、ビニールに張り付いた。そのとき素直に花びらは自ら選んでわたしのところに来たのだと、安易にも思った。「ソメイヨシノは全部クローンなんだよ」一年後、お花見に行った公園で友人が言った。その春は、その言葉を何回も反芻した...
2021.04.26 12:10息つぎ雪の季節が嘘だったかの様にアスファルトがむき出しになっている道路。すこし削れたところを見つけると、(あぁ、ここにかつて除雪機が。)とかろうじて思う。住宅街の花壇にはチューリップがしゃんとしていて、本当に季節だけは巡っている。何の思い入れもない桜が咲いて、わたしは代わり映えのない生活がつづく。溶けかけのチョコレートのやわらかい咀嚼のような、つつがない日々を甘受...
2021.03.29 09:26福寿草が咲いた日にすれ違う自転車、笑う子どもたち。朝は晴天、夕方は曇天。風は透き通っていて、つめたい。アイスコーヒーを片手に散歩して、右手が凍傷みたいになった。春休みは、昼寝をしたくなる。隣の家のバスケットボールボーイは野球に転向。活字は崩壊して、シーレの絵画を眺めている。図書館は休館日、好きな劇団が地元に来るらしい。車のラジオからは東京のミュージシャンのリモートインタビュー...
2021.03.23 09:54忘却大きな地震が来ても、一週間後にはそんなことがあったことすら忘れてる。そのとき覚えた、覚えたての焦りは水滴になって排水溝に流れてった。カーペットの毛の根元に指を這わせていたら電子レンジが音を立てて、立ちあがってマグカップを取りだす。この湯気は私による私のためのもので、液体のチークをカーペットにこぼした誰かのものではない。点けっぱなしのテレビから謎の設定のアラビ...